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京都地方裁判所 昭和29年(ワ)681号 判決 1956年9月07日

原告 桂数一 外二名

被告 株式会社大阪読売新聞社

主文

被告は原告桂数一に対し金三万円及びこれに対する昭和二十九年五月二十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告桂数一のその余の請求並びに原告桂なみゑ、同桂都の各請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告桂数一と被告との間では被告に生じた費用の十分の三を同原告の負担その余を各自負担とし、原告桂なみゑ、同桂都と被告との間では被告に生じた費用の三分の二を同原告等の平等負担その余を各自負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告等に対し本判決確定の日の翌日から三日以内に被告発行の大阪読売新聞京都版の右上部記事欄の縦六段幅三十七行に亘る紙面を使用して、別紙記載の謝罪文を同別紙に表示の大きさの活字を以て印刷して一回掲載しなければならない。被告は原告等に対し各金五十万円及びこれに対する昭和二十九年五月二十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに金員支払の部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

一、被告会社はその発行に係る昭和二十七年十二月八日附大阪読売新聞第十四号の第十版第八面京都版の冒頭記事として、同紙面右上部記事欄に縦六段、幅三十七行に亘り、「府京都林務出張所に汚職」「百数十万円を着服」「所長等数名逮捕」「セメント数百袋横流し」「業者に家を寄附さす」等の見出しの下に「桂所長」なる説明を附した原告桂数一の右横顔肖像写真一葉並びに「桂所長の豪荘な家、右の平家が建増した洋室」なる説明を附した同原告の居宅の写真一葉を擅に掲げた上、同原告が京都林務出張所長の地位を利用して土建業者中村秀男から数万円を収賄した外公金数十万円乃至百数十万円を詐取又は着服し、或は工事用セメントを横流し、それらの金員で居宅を買い、出入業者から材木その他の資材を寄附させて居宅に増築をなし、豪奢な生活をしている旨の記事を掲載報道し、京都府一円において同新聞購読者に頒布して右記事を閲読せしめた。

二、しかしながら原告桂数一は京都府京都林務出張所長として在職中、肩書現住所の住宅を買受けてこれに転住し、且つその居宅の一部を増築したことはあるけれども、その職務に関し不正に利得したのは訴外岩渕定市郎から収賄した五万円に限るのであつて、右住宅の買入れ並びに増築に当つては不正に収得した金品を以てその費用や資材にあてたことなく、従つて被告会社が掲載報道した前記記事中、原告桂数一が右記事記載の着服公金及び収賄金を以て住宅を買入れた外、職務上関係ある材木業者等から寄附させた材木その他一切の資材を以て右住宅に増築をしていた旨断定した点は真実に反するものであり、これがため原告桂数一並びにその妻及び長女である原告桂なみゑ、同桂都はいずれも著しくその名誉を毀損せられた。

三、しかして右記事の掲載による名誉侵害は法人としての被告会社がその故意過失(右は事実上は被告会社の被用者たる編集、印刷発行担当者の故意過失の集積である)により原告等に加えたものであり、仮りにしからずとしても被告会社の被用者たる取材記者編集者等が故意又は過失により被告会社の事業の執行につき原告等に加えたものであるからいずれにしろ被告会社は右不法行為につき責に任ずべきものである。

四、しかして右のように毀損せられた原告等の名誉を回復する方法としては被告会社発行の新聞に前記記事の掲載せられた紙面と同一の位置及び大きさの紙面を使用し、右記事の印刷に使用した活字と同じ大きさの活字を使用し、別紙のとおりの謝罪文を掲載して少くとも一回発行頒布させるのが適切であり、又慰藉料として原告桂数一に対しては金百五十万円、原告桂なみゑ、同桂都に対しては各金百万円を賠償させるのが相当である。よつて原告等は被告に対し前記謝罪広告並びに右慰藉料の中各原告に対し金五十万円宛及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十九年五月二十一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、被告の本案前の抗弁に対し、謝罪広告掲載請求は財産権上の請求ではないから民事訴訟用印紙法第三条第一項によりその訴訟物の価額を金五万円とみなしこれに相当する印紙を貼用すれば足りるのであると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、名誉毀損による謝罪広告を求める請求は財産権上の請求であり、且つその訴訟物の価額は謝罪広告掲載に要する広告料の全額である。しかるに原告等は謝罪広告請求の部分につき訴訟物の価額を金五万円と算定し、僅か金五百円の印紙を貼用しているに過ぎない。原告等の要求する謝罪広告の掲載料は指定紙面から見て特別料金を要し金百二十万円を以て相当とするから裁判所は原告等に対し印紙の追貼を命じ応じなければ訴を却下すべきであると述べ、本案に対する答弁として、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め原告等主張の事実中、被告会社発行に係る原告主張の新聞に原告桂数一に関する或る種の報道記事が掲載され頒布されたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。

一、本件記事は原告等主張のような趣旨のものではなく、又右記事は全部真実を報道したものである。

二、もし仮りに右記事の真実性について逐一立証ができないとしても、新聞は公務員の公的行動につき相当な正確性を保つ以上自由に論評報道する権利をもつている。そして本件記事は原告桂数一が公務員として勤務していた頃の公的行動について報道したものであるから、仮りに本件記事の掲載により原告等の名誉を毀損する虞があつたとしても、右は新聞社の社会的報道機関としての正業業務に属するものであるから被告会社には不法行為の責任はない。

三、又本件記事は被告会社の担当記者が京都府警察本部の捜査担当職員より直接聞知取材した記事であつて、その取材源が直接事件を担当した警察職員と言う信頼すべきものであり、且その間何ら疑をさしはさむべき情況が認められないのみでなく、被告会社の京都支局詰記者は右記事の提供を受けるや更に現地に赴いて原告等の家屋の模様を実見し、その増築の年月を確認し、附近の人より原告等の実生活について聴取し、その上原告桂数一の勤務先で同原告の勤務状況、月収、風評等を内偵する等右記事の取材及び編輯に関しその真否を確めるについて通常払うべき注意義務を尽したのであるから被告側に過失は全くない。

四、又被告会社は被用者の選任及び事業の監督について相当の注意をなしていた。即ち本件記事は被告会社京都支局詰記者広田好実、柿下博、中原元治が各方面より取材し、その資料に基いて原稿を作成し、八木喜一支局長の責任の下に本社に送致し、本社編輯責任者栗山利男において他の記事と按配し見出しをつけて印刷したものである。しかして前記各被用者等は特に誠実有為な職員であつて、被告会社にはその選任について何らの過失もない。又被告会社としては誤報防止に万全の措置を講じ、取材を厳格にし、且確認された素材に基いてのみ原稿を送り、更に編輯局において記事を厳選調査の上印刷に廻付するのであつて、その監督は厳重を極め未だ嘗て前記職員等が誤報事故を起した事跡はないから被告会社には事業の監督についても何らの過失がない。

五、もし仮りに被告会社に何らかの責任ありとしても、原告等主張の謝罪広告の方法は本件においては名誉回復のため適切な方法ではなく、又原告等主張の慰藉料額もこれを争う、と述べた。<立証省略>

理由

先ず被告の本案前の抗弁について検討する。

本件謝罪広告の請求は、原告等が不法行為によりその名誉を侵害されたとして損害賠償と共に被告発行の新聞に謝罪広告をすることを求めると謂うにあつて、原告等は右請求が非財産権上の請求である旨主張するのである。

ところで、人の名誉そのものは所謂人格的法益の一つであつて財産権に属するものではないが、民法第七百十条は名誉侵害による損害についても賠償請求を認めており、しかも右損害は民法第七百二十二条第四百十七条により原則として金銭を以てその額を定めるものとされているのであるから、名誉そのものは財産権に属しないとしてもその侵害による損害賠償請求権は経済的利益を内容とする一つの財産権であることは疑を容れない。しかして謝罪広告の請求は言うまでもなく民法第七百二十三条に基くものなるところ、同条は前記の如く我民法が名誉侵害の場合にも金銭賠償を以て原則とするものの右賠償額の算定は容易なものではなく、且これのみを以てしては被害者の保護に十分でないところから例外的に特別の救済方法として名誉回復処分なるものを認めたのであつて、その性質は損害賠償の一態様であると解すべきものである。

しからば損害賠償請求権を一つの財産権と理解する以上はその方法が名誉回復処分なる一種の原状回復的方法であつてもその財産権たる性質に変化を来すものではなく、従つて謝罪広告請求の訴も亦一般の金銭賠償請求の場合と同じく財産権上の訴と解するのが相当である。

そこで右訴の訴訟物の価額について考察するに、民事訴訟法第二十二条第一項は訴訟の目的の価額は訴を以て主張する利益により算定するものと定めており、これを右訴について見れば被告が謝罪広告をすることにより原告が直接受ける利益を客観的に金銭化することを要求されるのであるが、原告が受ける右利益は無形のものであつてその金銭的評価は著しく困難である。被告は新聞に掲載する謝罪広告についてはその請求の価格は広告料によるべき旨主張するのであるが、右算定の方法は以下の理由によつて適当ではない。即ち先ず右算定方法の根拠とするところは、原告の求めるところが結局被告の行為自体を離れて行為の結果として客観化される新聞紙上の広告面自体であるとも言い得るから物件引渡訴訟において物件の価額がその訴願となるのと同様に広告面自体の価額がその訴額とされるべきものであり、広告面の価額はその掲載費用を以てする以外に妥当な基準はないと謂うにあるものと考えられる。もとより物の引渡も一つの行為である(一般に給付はすべて債務者の行為である)から物の引渡以外の所謂作為とその本質において異るところはないのであるが、物の引渡にあつては物が引渡されるということを重視して債務者の引渡すという行為そのものは軽視されるに反し、所謂作為にあつては債務者の行為に重点が置かれており、この点に両者を目的とする債権の本質的な同一性にも拘らず例えば強制執行の方法等において著しい差異を生ずる所以があるものと考えられる。のみならず一般の所謂代替的な作為(例えば建物を取毀すこと等)が債務者自身によつてなされると第三者によつてなされるとにより債権者に与える法律的乃至経済的効果に差異がないのに反し、謝罪広告なる行為にあつては仮りにそれが民事訴訟法第七百三十三条民法第四百十四条により所謂代替執行によつて目的を達し得る場合であつても、債務者自身が行為をすること換言すれば広告面に債務者の名義が使用され債務者が広告主として文面どおりの意思表示をしていることが読者に認識される点に重点があるのであるから債務者名義使用の点を捨象することにより広告面の価額を以て訴額と認めることは許されないものと解する。しからば次にかように訴額算定困難な場合に民事訴訟法第二十二条第二項が適用されるという考え方もないではない。しかしながら右解釈の当否はさておき、仮りに右規定の適用があると解して見ても訴額を金十万円(本訴提起当時は金三万円)を超えるものと看做すだけでは事物管轄を定めるに際してはともかく少くとも本件の如く貼用印紙額のみが問題となる場合には何ら基準としての意義を有しない。してみると結局財産権上の訴で訴額算定の著しく困難なもの(民法第三百九十九条は金銭に見積り得ないものを以て債権の目的となし得ることを定めており右債権を訴訟物とする訴の中にも財産権上の訴と認むべき場合あること明かであるから仮りに民事訴訟法及び民事訴訟用印紙法が財産権上の訴の訴額は常に算定可能との前提に立つているとしてもその算定が著しく困難であり事実上不能と言えるものが存在することは否定できない)の貼用印紙額を定めるに当つては、一般に訴額算定不能と考えられている非財産権上の訴について定めた民事訴訟用印紙法第三条第一項を類推適用する以外にその訴額を算定するにつき事実上可能な方法はない。よつて当裁判所は本件謝罪広告の請求についても訴が提起せられた昭和二十九年五月十三日当時の右規定によりその訴額を金三万一千円と看做し、これに対応する額以上の印紙を貼用した原告等の訴状には何らの欠缺もないものと認める。

よつて進んで本案について審究する。

被告がその発行に係る昭和二十七年十二月八日附大阪読売新聞京都版の紙面に原告桂数一に関する記事を掲載報道したことは当事者間に争がない。しかして右記事の中原告等がそれにより名誉を毀損されたとする点に関係ある部分を成立に争のない甲第一号証の一、二(新聞)によつて摘出すれば、該部分は「セメント数百袋横流し」「業者に家を寄付さす」なる見出しで、且「桂所長の豪荘な家、右の平家が建増した洋室」なる説明を附した原告等居宅の写真一葉を掲げた上、本文として「同林務出張所は治山、砂防工事、林道開発、森林伐採の許可権を一手に握つているが、桂氏は去る六月中旬左京区久多花背間の林道開設工事のさい、一般業者に入札させず元京都府技官であつた前記中村に指名請負させ、その謝礼として現金数万円を収賄したほか、所長の地位を利用して目下不拘束で取調中の同所技官橋本晃太郎(左京区大原草生町)、同芦田昭(二六)(上京区葭屋町丸太町上ル)と共謀、昨年暮ごろから府林務課へ工事人夫を水増請求、その差額数十万円を詐取、また工事に使用するセメント数百袋を横領、他へ横流し、本年はじめ住宅を買い、さらに七月ごろから出入業者から材木その他の資材一切を寄付させて増築、豪華な生活をしていたもので同氏の乱脈を極めた行為には他の業者などから相当批判の声が高まつていた」と謂うのであつて、原告等が本訴において右記事の中事実に反するとする点は、(一)原告桂数一が不正に利得した金員を以て居宅を買入れた旨断定した点及び(二)同原告が出入業者から材木その他資材一切を寄付させて増築した旨断定した点の二点に帰着するのである。ところで被告は右記事が原告等主張の如き趣旨のものであることを争うので考えるに、なるほど右記事の中前記の如く摘出した部分のみを読めば原告等主張の如く原告桂数一が前記のような不正な方法で住宅の買入並びに増築をした旨断定したかの如く読み得るのであるが、右記事の冒頭には先ず「府京都林務出張所に汚職」「百数十万円を着服」「所長等数名を逮捕」なる見出しで、「林道開発、治山、砂防工事の入札と森林伐採の許可をめぐる京都林務出張所の汚職事件を探知した京都市警察本部では、去る四日以来同所長桂数一氏ならびに土建業中村秀男ほか業者数名を逮捕、極秘裡に取調べているが、これにより百数十万円にのぼる収賄、横領、公文書偽造行使、詐欺容疑が発覚云々」なる趣旨の記事が掲載され、その直後に引続いて前記摘出したような記事が掲載されているところから見れば、原告等主張の住宅買入並びに増築に関する部分も右容疑事実の内容の具体的な説明として摘示されているものと認めるのが相当である。次に右記事においては右住宅買入の資金が不正に利得された金員である旨の明示的な記載はなく、又右文面を仔細に検討すれば「本年始め住宅を買入れ、さらに七月頃から出入業者から材木その他資材一切を寄付させて増築」なる部分はその直後に続く「豪華な生活」の一例示としての意にも解せられないこともないのであるが、新聞の報道記事は一般に精読されるというよりはむしろ簡単に読過されるものであること経験則に照して明かであり、且前記「業者に家を寄付さす」との見出し及び前顕甲第一号証の一、二によつて明かな如く、右部分の後に、「桂所長宅近所の某氏談」として「桂さんが今の家に転宅して来たのはことしのはじめで、当時四十万円もだして買つたという風評を耳にした、府の課長さんぐらいでよくそれだけの金があるものと半ば感心しうらやましく思つていたものだ云々」なる記事が掲載されていること等から考えると通常人が右部分を一読した場合原告桂数一が前記不正に利得した金員を以て買入れたとの趣旨に理解されるものと認められ、証人柿下博の証言によつても右認定を左右するに足りない。

よつて先ず(一)原告桂数一が前記不正に利得した金員を以て住宅を買入れ、(二)同原告が出入業者から材木その他資材一切を寄付させて増築した旨の各容疑事実が存在したか否かについて検討する。

(一)  成立に争のない乙第一号証(京都市警察本部から京都地方検察庁への関係書類追送書)、乙第四号証(訴外中村秀男の司法警察員に対する供述調書)、乙第九号証の一(原告桂数一の司法警察員に対する供述調書)によれば本件記事掲載当時原告桂数一に関するほぼ前記記事記載の事実と同一の容疑事実が存在したことが認められ又原告桂数一、同桂なみゑの各本人尋問の結果によれば、原告桂数一が昭和二十六年三月頃代金三十八万円を以て住宅を買入れたことは認められるけれども、右住宅買入の資金が不正に利得した金員であるとの事実は容疑事実としても存在したことを認めるに足る何らの証拠はない。尤も証人柿下博の証言と原告桂数一の本人尋問の結果を綜合すれば、当時同原告の収入が京都府より受ける平均三万円余にすぎなかつたことが認められるけれども、だからと言つて右住宅買入れの資金が不正に利得した金員であると推定することはできない。

しかして本件記事中の右部分は原告桂数一が不正な利得をした事実と住宅を買入れた事実との間の関連性を肯定したと見られる点に主眼があり、まさにその故にこそ原告等は名誉を毀損されたと主張するのであるから、該部分はその本質的な点において全く事実に反するものと言わねばならない。

(二)  前顕乙第一号証に成立に争のない乙第八号証(訴外岡本岩吉の司法警察員に対する供述調書)、乙第九号証の一乃至六(各原告桂数一の司法警察員に対する供述調書)によれば本件記事掲載当時京都市警察本部において捜査中の原告桂数一に関する左記の如き被疑事実が存在したことが認められる。即ち、同原告は昭和二十六年十二月頃素材業者吉田秀男から杉、檜材十七石(時価一万七、八千円位)、同高塚正雄から鴨居材、ウチノリ材、椽板四坪分(時価一万二、三千円位)をそれぞれ賄路として収受し、これを前記増築の資材として使用したこと、昭和二十六年十月頃より工事現場担当技師橋本晃太郎、人夫頭岡本岩吉等と共謀の上、京都府林務課に対し実働人夫賃金以外に計二百三十八万円余を水増請求して右岡本に取得させた上、その中で、右岡本から昭和二十六年十二月頃金五万円、昭和二十七年四月頃金十万円を収受してその一部を増築費等に使用し、又昭和二十七年十一月頃同じく右岡本から金二万五千円を収受してその一部で増築部分の畳、フスマを購入したこと、昭和二十七年九月頃右岡本からセメント二十俵、砂十分の一坪分、砂利二十分の一坪分、人夫延七名分を収受して増築の資材及び労力として使用したこと、昭和二十七年七月頃素材業者三浦彦次郎、同本田正次郎から化燈籠一基を賄路として収受したこと、以上のような被疑事実が存在したことが認められ、証人岡本岩吉、同橋本晃太郎の各証言原告桂数一、同桂なみゑの各本人尋問の結果によつても右認定を左右するに足りない。して見ると右事実に更に証人菱田勇、同三原輔一の証言を綜合すれば、原告桂数一がその居宅に増築するに際し、それに必要な資材、労力並びに費用の担当部分を出人業者から収受した旨の被疑事実は存在したものと認められるから、前記記事において「資材一切」と記せられた点及び「寄付させ」と記載された点は、前者がその趣旨に多少の誇張があり後者の表現が必ずしも適切ではないとのそしりを免れないけれども、新聞記事は報道の迅速性の要請に従い、些細な点において客観的事実に合致せず又読者の興味を惹くために事実に多少の潤色誇張がなされることはその性質上止むを得ないものとみられるから、その本質的部分において事実に符合する前記(二)の点は名誉毀損の根拠たる事実の真否の判断についてはなお真実に反するものとはなし得ないと考えられる。

しからば本件記事の中右(一)の点は事実に反するからこれによつて原告桂数一はその名誉を毀損されたものと解されるが、原告桂なみゑ同桂都の本訴請求は右事実に反する記事の掲載によりそれぞれ自らの名誉を毀損されたとして、それに対する慰藉料並びに謝罪広告を求めると謂うにあるところ、右事実に反する記載は原告桂数一のみに関するものであるから直接原告桂なみゑ、同桂都の名誉を侵害したものとは考えられず、又仮りに同原告等が主観的に名誉を毀損された旨観念したとしてもその間には法律上相当な因果関係があるものとは認められないから同原告等の本訴請求は既にこの点において失当である。

被告は公務員の公的行動に関する記事にあつてはその真実性について逐一立証ができないとしても相当な正確性を保つ以上社会的報道機関としての正当業務に属する旨主張するが、前記認定の如く(一)の点は本質的に事実と相違するものであるから右被告の主張する相当な正確性をも保有しないものと言わねばならない。

ところで右記事が被告会社の被用者たる訴外広田好実、同柿下博、同中原元治においてこれを取材した上原稿を作成してこれを本社に送致し、被告会社の被用者たる訴外栗山利男においてこれを編集し印刷に回付したものであることは被告の自陳するところである。よつて同人等に右(一)の点の取材並びに編集に当り過失があつたか否かを検討するに、先ず証人広田好実は右(一)の点も本件記事の他の部分と同じく京都市警察本部の捜査係官から直接聞知した旨証言しているが、前顕乙第一号証、第八号証、第九号証の一乃至六、証人菱田勇、同三原輔一の各証言によれば、当時京都市警察本部においては原告桂数一が材木その他の資材を収受して増築した事実は容疑事実の一部とされその取調べに当つていたのであるが右住宅買入れの点は何ら捜査の対象となつていなかつたものと認められるから、捜査係官において前記広田に対し右事実に反する内容を告知したものとは到底考えられない。のみならず証人柿下博、同中原元治の各証言を綜合すれば、本件記事の取材に当つた前記三名はその当時原告桂数一の不正に利得した金員が増築の外更に住宅の買入れにも使用されたとの点について必ずしも明確な認識を有しておらず、右記事の原稿の執筆に当つた前記中原も慢然右金員が増築に使用されたとの趣旨で執筆したものと認められるから、むしろかゝる意図を以て書かれた記事が読者に如何なる印象を与えるかについて何らの顧慮をも払わなかつた右中原の取材表現上に過失があるものというべく又かゝる不適確な表現を看過して編集した前記栗山にも記事編集上の過失があるものと言わねばならない。

しかるところ、原告桂数一は右名誉侵害が法人としての被告会社の故意過失によるもので右故意過失は事実上は被告会社の被用者たる編集印刷発行担当者の故意過失の集積である旨主張するのであるが法人の行為と認められるものは理事その他の代表機関の行為であつて、法人の構成員以外の法人の被用者の行為を以て直ちに法人自体の行為と目することができないのと同様に、被用者の故意過失を以て法人の故意過失と同視することはできない。これを本件について見ても株式会社たる被告が不法行為者として直接責に任ずるのは商法第二百六十一条第三項、第七十八条第二項、民法第四十四条第一項により代表取締役が職務を行うにつき他人に加えた損害に対してであつて、その場合の故意過失も又自然人としての代表取締役についてのみ考えられるのであるから、被用者の故意過失の集積が即ち被告会社の故意過失であるとする右主張は失当である。しかしながら被告の被用者たる前記中原等がその事業の執行につきなした過失ある行為により原告桂数一に対し損害を与えたのであるから被告は民法第七百十五条に基きその責に任ずべきこと明かである。

そこで更に進んで右中原等の選任及び事業の監督について過失がなかつた旨の被告の抗弁について検討するに、仮に被告には右中原等の選任につき過失がなかつたとしても、事業の監督につき相当の注意をなしたことを認めるに充分な証拠はなく、反つて前記認定の如く、本件名誉毀損の記事はむしろ容易に発見し得る記事表現上の誤謬乃至は拙劣さに基因するものであつて、前記被用者の監督に任ずるものにおいて個々具体的な場合に今少し表現の正確性について注意をなせば当然かゝる事故は避け得られたものと考えられるから、右被告の抗弁も亦失当である。

よつて原告桂数一の損害額について按ずるに、証人八木喜一の証言によれば本件記事掲載の大阪読売新聞が京都府一円に約二万枚販布せられたことが認められ、本件記事がその第八面京都版の右上部記事欄に掲載せられたこと前顕甲第一号証の一、二によつて明かであり又本件記事は主として原告桂数一の被疑事実について報道したものであつて事実に反すると解せられる前記(一)の点は右記事全体の趣旨から見ればその占める比重は必ずしも大でないこと等諸般の事情を考慮して、同原告に対する慰藉料の額は金三万円を以て相当と認める。従つて被告は同原告に対し右金三万円及びこれに対する本件不法行為の時以後である昭和二十九年五月二十一日から完済に至るまで法定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があると言わねばならない。なお同原告は慰藉料の外に謝罪広告の掲載をも請求するが、前記名誉毀損の程度方法等に鑑みその必要はないものと判定する。

以上の如く、原告桂数一の本訴請求は右認定の限度においてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、原告桂なみゑ、同桂都の本訴請求はいずれも前記認定のとおり失当であるからこれを棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用し、なお仮執行の宣言を付することは必要でないと認め該申立を却下することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 嘉根博正 大西勝也)

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